北原の王の1

北原を治めるユンラッド卿は優れた人格者との評判だ。北原は氷に閉ざされた枯れた土地で領民たちはほとんどいない為、領主と言えど全く名ばかりであり活動の場は専ら王都なのだが、彼の人格を知る人々は親愛と尊敬を込めて『北原の王』と呼ぶ。

北原の王の2

結婚後、子宝に恵まれなかった彼は、長らく私財を費やし王都の貧しい子供たちへの支援を続けて来た。その中で妻がすっかり気に入ってしまったという少年を養子に取り、王立騎士団に主席で入るまでに立派に育て上げた。

北原の王の3

卿には学生時代からの親友がいる。共に神学を学ぶ中で、友人の飛び抜けた才気に圧倒されるばかりであったが、友人は卿に対し一切の驕りを見せず対等に扱った。学術院を卒業後、親友は神術師の座に就いた。

北原の王の4

親友が処刑される前日、卿は彼から大切なものを預かった。7歳の男の子――親友の忘れ形見だ。義理の息子が騎士団宿舎で生活するようになり寂しい日々を送っていた卿は、不意に手にしたこの宝物に愛情の全てを注いだ。親友がこの子に託した使命も、しかと果たせるよう全力で見守ることを誓った。

北原の王の5

ある日突然、幼い息子がみすぼらしい少年を連れて来た。素性を調べると、少年は先日就任したばかりの聖女の兄であることが分かった。同時に、彼が街道に巣食う盗賊団に所属していることも。この少年は必ず役に立つという確信が卿にはあったが、息子の側に置くには暗い過去を精算させねばならない。

北原の王の6

少年から盗賊団の情報を聞き出すと、卿は翌朝早くに私兵を引き連れ現地へと向かった。しかし到着した先で見たものは、焼け落ちた廃屋の前に立ち尽くすあの少年の姿だった。少年は言った。「自分の手でやらなくちゃと思って…」卿は思わず彼を抱き締めた。

北原の王の7

卿は晴れて少年を息子の従者とし、更に自分の右腕としても扱うようになった。人格者として知られる卿だが、正しい行いを成す為にはそれなりの資金がいる。表立っては言えない仕事も随分と従者に手伝ってもらった。

北原の王の8

剣技も従者から息子に仕込ませた。息子が送るであろう苦境の日々の中で必ず役に立つからだ。決して穏やかな人生を送れないだろうと分かっていても、実父である親友がそれを望んで死んだのなら、それを助けるのが卿の役目だった。

北原の王の9

息子を騎士団へと送り出す朝、妻と息子と従者と、4人で食卓を囲んだ。『計画』の始まりに高揚しているのか、少し饒舌になった息子たちを彼は複雑な気持ちで眺めていた。卿が「さびしくなるな」と漏らすと、息子はきょとんとした顔をみせ、そして照れくさそうに笑った。

北原の王の10

出立の際、卿は従者を呼び止めると小声で言った。「フィオドルニアをよろしく頼む。…クロアト、どうかお前だけは最後まであの子の側にいてあげて欲しい」従者は無口な彼らしく、しかし卿の目をまっすぐ見つめ「はい」とだけ応えた。